何かをやろうとした時に、
すぐ否定してくる人っていませんか。
しかもそれが、年上だったりすると
「そうなのかも」と思ってしまうこともあって。
私はわりと影響を受けやすい方なので、
その一言で「やめておこうかな」となることが何度もありました。
他人の言葉で止まってしまう
もともと、自分に自信があるタイプではなくて、
考えすぎたり、完璧にやろうとする癖もあります。
だからこそ、
誰かに否定されると、
「あ、やっぱりやめた方がいいのかも」
って、すぐにブレーキがかかる。
本当はやってみたいと思っていたことでも、
その一言で一気に現実的に見えてしまって、
動けなくなる。
子どもの頃は、もっと自由だった
子どもの頃は、やりたいことがたくさんありました。
「星を研究する人になりたい!」
「ピアニストになりたい!」
そのときは、本気でそう思っていました。
やりたいことが次から次へと出てくる子ども時代でした。
お菓子作りの本を図書館で借りて読んだり、
夜に起きて庭から星を見たり、
ピアノをたくさん練習したり。
やりたいと思ったことに対して、
ちゃんと行動もしていたと思います。
否定の言葉で、止まるようになった
でも、周りの大人はこう言いました。
「お給料は安いのに長い時間働かなきゃいけないよ」
「しんどいことばっかりだよ」
きっと、現実を教えてくれていたんだと思います。
でも当時の私は、
その言葉をそのまま受け取って、
「じゃあやめておこう」
そうやって、やりたい気持ちを止めることが増えていきました。
気づいたこと
今思うのは、
否定されたからやめた、というより
“納得する前に止めてしまっていた”
という感覚の方が近いです。
本当は、
やってみてから考えてもよかったはずなのに、
誰かの言葉を“答え”みたいに受け取っていました。
言っている人は「経験者」とは限らない
今になって思うのは、
当時、否定的なことを言ってきた人たちって、
その職業を実際にやったことがあるわけではなかった、ということです。
きっと、心配してくれていたんだと思います。
でも、
その言葉は「経験」じゃなくて「想像」から来ていることも多い。
人って、
自分が知っている範囲でしか判断できませんよね。
見たことがないものや、
やったことがないことに対しては、
どうしても想像ベースになります。
その想像がネガティブ寄りだと、否定的な言葉として出てきます。
可能性を止めてしまう言葉でもある
もちろん悪気があるわけじゃないし、
むしろ優しさや心配から来ていることも多いと思います。
でもその一方で、
誰かの可能性を止めてしまう言葉にもなり得る。
そのことを、言う側はあまり意識していないことも多い。
だからこそ、
自分は気を付けたいと思っています。
分からないことを、分かったように言わないこと。
自分の軸を持つ練習として受け流す
だから最近は、
その言葉をそのまま受け取るというより、
「そういう意見もあるよね」くらいで
少し距離を置いて考えるようにしています。
正しいかどうか、ではなくて、
自分はどうしたいか
一回そこを挟む。
まだ自分が何をしたいすら見えないときばかりで、
全然うまくできないけど、
少しずつ練習中です。
その言葉を、そのまま答えにしない
これまで、
誰かに言われた言葉を、そのまま答えみたいに受け取って、
やめる選択をしてきたことが何度もありました。
でも今は、
その言葉が本当に正しいかどうかは、
すぐには決めなくていいのかもしれないと思っています。
人は、自分の知っている範囲でしか話せない。
だからこそ、
この前提を少し持っておくだけでも、
受け取り方は変わる気がしています。
全部を否定するわけじゃないけど、
全部をそのまま信じる必要もない。
「そういう考えもあるよね」と一度受け止めて、
自分はどうしたいかを考える
それを少しずつでもできるようになったら、
前よりも、選択に納得できる気がしています。


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