正解を出すのは得意。でも、自分の人生を決めるのは怖かった。

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「このままでいいのかなあ

25歳前後になってから、漠然とこう考える時間が増えました。

上昇志向を持ってバリバリ働く同世代を見ると焦るし、
私もそうなりたいなと思いつつ、同じようになれない気もする。

頑張りたい、そんな漠然としているのに確固たる気持ちはある。
だけど何をしたらいいのかがわからない。

というより、

「自分で決めなきゃいけない状況」そのものが、不安だし怖い。

このまま会社で働き続けることは嫌だなあ。
じゃあ自分の苦じゃないことでお金を稼いだり、社会に貢献したいなあ。
20代のうちに動き始めておきたいなあ。

で、私は何をしたらそれが実現できるの・・・・??

学校みたいに、目の前にある答えを探してそれに向かって努力するのではなく、
正解が用意されていない場所で、自分で選んで、自分で責任を持つ。

それが、思っていた以上に難しいことでした。

この記事では、
“正解がない環境に立ったときの、この怖さの正体”について、
自分の経験をもとに整理してみます。

今までの私は「正解を出す人」だった

振り返ると私は、ずっと「正解を出す」ことで成果を出したり、
評価されたりする経験をたくさんしてきました。

学校では、テストで点を取ること。
資格取得では、合格点を満たすこと。
就活では、相手の求める模範解答を言うこと。
会社ではミスせず、人の役に立つこと。

「これが正しい」という基準があって、
そこに合わせることさえできればちゃんと評価してもらえる世界。

だから、頑張る方向も分かりやすかったし、
やれば結果が出るということも確信したうえで取り組むことができました。

そして、実際にそれなりの結果も出せていました。

でも、会社を辞めると決めた瞬間に「正解」がなくなった

環境を変えようと決意した瞬間に、
今まで当たり前だと思っていたものが無くなる不安に襲われました。

会社員として働いている間は、少なくとも「次」がありました。

朝起きて会社に行く。
目の前の仕事をこなす。
少しずつ経験を積み、新しいことにも取り組む。
数年後には役職がついたり、後輩が増えたりする。

もちろん大変なこともたくさんあります。

良くも悪くも、
「次はこうなるんだろうな」
という未来がなんとなく見えていました。

でも、
「会社を辞めよう」
そう決めた瞬間、急にその先が真っ白になりました。

あれ、私これからどうするんだろ。

もちろん、辞めること自体は、
時間をかけて、自分で決めたことです。

今の働き方を変えたい。
もっと自分らしい生き方を探したい。
挑戦してみたい。

でも、いざ「ある程度未来が想像できていた今までの道を外れるんだ」と考えた瞬間、
不安が一気に押し寄せました。

人生で初めて、“自分の答え”を求められた

次はどんな仕事をする?
会社員を続ける?
別の働き方を探す?
やりたいことを仕事にできる?

頭の中には、いろんな選択肢が浮かびます。

リゾバなどで殻を破ってみるのもいいかもしれない。
SNSも挑戦してみたい。
ブログも育ててみたい。

でも、学生時代のように、

「これを頑張れば評価される」
「この答えを書けば正解」

というものはありません。

どの道を選んでも、

「本当にこれでいいの?」

という不安がついてきます。

怖かったのは、選択肢がないことではありませんでした。

むしろ逆で、

選択肢が多すぎること。

そして、その中から自分で未来を選ばなければいけないことでした。

今まで私は、

正解を探すことはたくさんしてきました。

でも、

正解がない場所で、自分の人生の答えを作る経験はほとんどなかったなと気付きました。

怖かったのは、「失敗すること」より「答えがないこと」

最初は、

「ちゃんと選べない自分がダメなんだ」と思っていました。

でもよく考えると、ちょっと違いました。

怖かったのは、

失敗すること以上に、

「そもそも正解が存在しない中で選ぶこと」でした。

これまでみたいに、

“合ってるかどうか”を判断できる基準がない。

だから、

進んでいいのかもわからないし、
どこに向かっているのかも曖昧。

この“手探り感”が、めちゃくちゃ不安でした。

私が鍛えてきたのは「正解を探す力」だった

振り返ると、私はずっと、

「正解を探す力」

を使って生きてきました。

テストでは正しい答えを探す。

就活では企業が求める答えを探す。

仕事では、ミスをしない方法を探す。

間違えないこと。

期待に応えること。

正しい選択をすること。

それは、今までの人生でたくさん褒めてもらえた力でした。

でも、

人生には「正解が用意されていない問題」もあります。

その時に必要なのは、

正解を探す力ではなく、

自分で正解を作っていく力でした。

今は「正解を作る力」の練習中

だから今の私は、

能力がないわけでも、

人生に迷っているだけの人でもないと思っています。

「誰かが用意した正解に向かう」んじゃなくて、
「自分で選んだものを正解にしていく」練習をしている状態です。

ただ、

今まで使ってこなかった筋肉を使い始めたところ。

いわば、「正解を作る力」の筋トレ中です。

最初から上手にできなくて当たり前。

人生の選択もきっと同じで、
最初から完璧な答えを自分で出すことができなくて当然なんだと思います・

最近は、

「これが正解なのかな」

ではなく、

「一旦これをやってみよう」

と考えるようにしています。

まだこの考え方にたどり着いただけで、なかなか行動に結びつけるのは難しいですが、、。

違ったら変えればいい。

やってみてから考えればいい。

完璧な答えを探し続けるより、

自分で選んだ経験を少しずつ増やしていく!

正解がない人生だからこそ、自分の答えを作っていく

今まで、

正解を出すことで評価されてきた人ほど、

正解がない場所に立った時、不安になると思います。
正解を出して評価されていたころの自分とのギャップに、苦しむと思います。

「なんで私はこんなに迷っているんだろう」

「周りは進んでいるのに、私は何をしているんだろう」

そんなふうに感じるかもしれません。

でも、それは今まで頑張ってこなかったからではありません。

むしろ、

ちゃんと正解を探して、努力して、期待に応えてきたからこそ、

初めて「自分で答えを作る」という壁にぶつかっているだけ。

人生には、テストのように模範解答がある問題ばかりではありません。

時には、

「これでいいのかな」

不安になりながら進むしかない時もあります。

 

でも、その選択を正解にしていくのは、

誰かがくれる答えではなく、

自分自身なのだと思います。

迷いや不安があるのは、間違った方向に進んでいるからではなく、
自分の人生を自分で選ぼうとしている証なのかもしれません。

私もこの思考をゲットしただけで、まだまだ途中です。

迷うし、不安になるし、時間を無駄にしてるなと悲観するし、

たぶんこれからも「本当に大丈夫?」と思う日ばかりです。

でも、

正解を探し続ける人生から、

自分で答えを作っていく人生へ。

少しずつ変わっていけたらいいなと思います!!

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