「大丈夫です」を、素直に受け取れなかった私
「これ、やりましょうか?」
そう声をかけた時、
「大丈夫です!」
「いいですよ!」
と言われたら、あなたはどうしますか?
私は、そこで終われないタイプです。
「いやいや、本当は困ってるんじゃない?」
「遠慮してるだけかもしれない」
そう思って、
「いや、本当に大丈夫なので!」
「全然やりますよ!」
と、もう一回押してしまう。
こうして文字にすると、めちゃくちゃお節介ムーブな気がしますね。笑
相手のためを思っているつもりなんです。
「困っているなら助けたい」
「無理してほしくない」
そんな気持ちから出る行動。
でも最近、
もしかしたら私は、相手の気持ちを考えているようで、
自分の基準を当てはめているだけなのかもしれない。
そう思うようになりました。
「断る=遠慮」だと思ってしまう理由
なぜ私は、相手の「大丈夫です」をそのまま受け取れないのか。
それは、自分自身が人に頼るのが苦手だからです。
誰かに、
「手伝おうか?」
と言われた時。
本当は助かる。
でも、
「悪いな」
「相手も忙しいだろうな」
「わざわざお願いするほどじゃないかな」
と考えてしまう。
そして結局、
「大丈夫!自分でできます!」
と言ってしまいます。
だから私は、
他の人が言う「大丈夫」の裏には、
「本当は助かるけど申し訳ない」
という気持ちが隠れていると思っていました。
自分がそうだからです。
でも、相手も同じ考えとは限らない
ここで最近気づきました。
相手の「大丈夫」は、本当に大丈夫なのかもしれない。
当たり前のことなのですが、私はつい忘れてしまいます。
完全に無意識なのですが、
「自分だったらこう思う」
という基準で、相手の気持ちまで想像してしまうんです。
でも、人によっては、
「自分でやりたい」
「今は必要ない」
「本当に困っていない」
という理由で断っていることももちろんあるわけです。
なのに、
「いやいや、遠慮しなくていいですよ!」
と何度もすすめてしまう。
それは優しさではなく、相手にとっては少し負担になっている可能性があります。
気を遣いすぎる人ほど「困る前」に助けようとしてしまう
私は昔から、
「困っている人を助けなきゃ」
という気持ちが強いです。
「困りそうな人を見つける能力」
も妙に高い気がします、、。
「あの人忙しそう」
「これ先にやった方が楽になるかも」
「このままだと困るかもしれない」
まだ起きていないことまで想像して、先回りしてしまう。
もちろん、周りをよく見られることは長所です。
でも、その優しさが暴走をはじめると、
「相手が助けを求める前に、自分が助けなきゃ」
になってしまうんです。
本当の優しさは「助けること」より「信じること」!?
もちろん、本当に困っている人がいたら助けたいし、助けたら良いと思います。
でも、
「この人、本当は困っているはず」
と決めつけることとは少し違います。
相手には相手の考え方やペースがある。
一度、
「大丈夫です」
と言われたなら、
「そっか、大丈夫なんだ」
と受け取る。
もし本当に困ったら、その時に助けを求めてくれるかもしれない。
相手の力を信じて待つこと(=言葉を言葉通り受け取るということ)、
シンプルなコミュニケーションで良いんです。
「自分と相手は違う」と知るだけで、人間関係は少し楽になる
人に頼るのが苦手な人ほど、
「相手もきっと同じように遠慮している」
と無意識に思い込んでいます。
自分が、
「大丈夫」
と言いながら、本当は少し助けてほしいと思っているから。
でも、
自分が頼れないからといって、
相手も頼れないとは限らない。
自分が気にしすぎるからといって、
相手も同じように気にしているとは限らない。
相手を理解するためには、
「この人は私とは違う人なんだ」
と常に意識すること。
「本当は困っているんじゃないかな」
「私が何とかしてあげなきゃ」
と、必要以上に相手の気持ちを背負うことが少し減っていく気がします。
もちろん、困っている人に手を差し伸べることは時に必要です。
でも、全部先回りして助けることだけが思いやりではありません。
相手の言葉をそのまま受け取り理解することも思いやりです。
優しさのつもりが、いつの間にか相手の選択を奪ってしまわないように。
相手の言葉を、自分の経験や価値観で変換せずに、そのまま受け取る。
「大丈夫です」と言われたら、
「この人は大丈夫なんだ」
と信じてみる。
それも、人との距離を大切にする思いやりなのだと思います。


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